彼女はまがまが

第1話 彼女はまがまが


0−1僕はそこにいない誰か


 僕は朽ち果てた社の夢を見る、鳥居の向こうには枯木が規則性も無く立ち並びカラスが止
まってこっちを覗っている。僕が鳥居を潜ろうとすると無数の羽虫が襲いかかって来るので
そこに入る事は出来ない、出来ることは去ることだけだいつもその夢はそこで終わる。
だが今回はいつもと違った、鳥居を潜っても羽虫は襲って来なかったのでそのまま進む事に
した。枯木に止まっているカラス達の視線を感じつつ導かれるように朽ち果てた境内を歩い
ていく。石畳を叩く音が響いて聞こえてくる。

 僕はカラス達の注目の中社を見上げる。遠くから見た印象よりよほど酷く社にありがちな鈴は
とれており神々に祈る事すらできない。木は腐っているらしく乗れば床板がわれ落ちるだろ
う、だがこの社が今もなお倒壊せずに立っている。僕はそれに情念のようなものを感じずに
はいられなかった。何かの訪れを待っているのだろうか?しかしそれは僕ではないのは確か
だ僕は存在してはいけない存在であり、否定されるべきものなのだから。
 そう考えると僕はここを立ち去ろうと思った、不快な思いを思い出させるような所からは
立ち去り元のまどろみの中に戻るべきだと考え、元きた道を戻ろうとする。すると
 カァァァーー、カァァー
とカラスが一斉になき始めた、僕には何やら殺気めいた感じに聞こえたのでぼろぼろの社の
中に避難して様子を見ようと考え、すばやく慎重に社の戸に手をかけ心の中で一応社の神に
了解を取りる事も忘れず、戸を開けて入った。安全を確保した僕は戸の窓から外の様子を見
た、外のカラス達は未だにカアカアと殺気だっていた。気は進まないが仕方のない事なので
しぶしぶ中に入っていった、しばらく社の奥に進むとある物を、いや者だろう、社を司って
いたであろう人間を発見した。だがそれはすでに白骨化して久しいらしく乾燥しきっていて
異臭もしない、だがその死体は殉教者の怨念めいた物を感じさせるものだった。
その者の使命なのか雄雄しい死を感じ取り手を合わせる、とたんまた僕は自己嫌悪の念に
とらわれて思い出すべきではない事を思い出しそうになり、それを払う為に躍起になる。だ
がその躯は圧倒的な存在感を有していたので僕はその躯の向こうにある物に思考を移した。
 躯はただひとつのベクトルを指し示していた、躯の前にある祭壇、僕はその正体が何なの
かが気になり近づいていくとそれは古ぼけた鏡だった。
仰向けに置かれた鏡は古ぼけている、神錆びた鏡とでも言うべきだろうか?僕は躯に断わり
鏡を手に取った。そういう事があるのだろうか、鏡から社の中にスッと闇が広がった気がし
た、見るべきではない‥理性がそう告げている、しかし僕は突き動かされるようにその鏡の
正体を見ようとし鏡面をこちらに向ける、その鏡に映ったものがだんだん見えてくる。それ
をはっきりと僕が認識したか認識しなかったか、そこでその夢は終わった、僕はまどろみに
沈んだ。まどろみの中で僕は鏡に映った物は何なのかを考えたが覚えていない、ただそれは
”まがまが”しい何かとして僕の中に残り思い出すべきでないものがまたひとつ増えただけ
なのだった。

1ー1 かくしてはめられる誰かさん 

「はっはぁー、やはり貴様にはこれで十分だったようだな。」
勝ち誇ったような声が聞こえている
ここは落とし穴の中である。しかもそれは深く地上まではかなり距離があり、水もたまっていて
冷たい、世間のように冷たい、この空間の製作者の情熱だけではなんともできない冷たさだ。
「勝った、勝ったぞぉぉ。俺はあの憎ぃぃっくき生活委員、うほっ。瀬戸由良に勝ったぁぁ
勝利勝利ぃぃぃブイブイビクトリーだぜ。いやほぉぉぉーーーい。」
‥何がブイブイビクトリーかと、聞き飽きた声だったがそれも今日までだこの野郎。

 彼女の名前は瀬戸由良、女学生17才ハボン共和国生まれ、まぶしい白いブラウスにプリ
ーツスカートがひらひらするのが楽しいか楽しくないかのビミョーなお年頃である、どうやら
彼女は楽しく思っている部類に入っているらしい、そんな彼女は何の運命(さだめ)かハボン
共和国軍付属高校のソルジャー養成コースに所属しており細身ながらも格闘戦のセンスがある
事から教師からは格闘戦のアテナとの異名を取っている、この異名は軍属の教師のセンスの限
界を示したものであり、悲しいかな教師以外は誰一人として定着しなかったが。敵の力のベク
トルを読み的確に急所を打つための体の使い方のセンスは天才的なのは事実だった。だが銃主
体の現代戦の中であまり意味のない能力なのも事実なので、ゆくゆくは精神論渦巻く陸軍の女
指導教官になるしか無いとの事で生活委員などの事をやらされているのである。

ヤケになって、いつも挑みかかって来て返り討ちにしている飯田那智とその一党がやけに自信た
っぷりだったのはこうゆう事だったのかと、客観的な判断をしつつ感情を押し殺していると、上
からやけっぱちで勝ち誇った声色が響いてきた。
「気分はどうだい?」
「これが男としてのあんた等の私の戦闘技術に対する返答ってわけね、よーくわかりましたよ。」
私は悔しさに涙が出そうなのをぐっとこらえながら言った。
「これであんた達のあこがれのケセラカウンター(獅子のタテガミ隊)入りは消えたって事ね
これで満足なんでしょ。」
と鞄から報告書を出し『善良な市民を落とし穴に落として鑑賞する変態趣味の持ち主』と
枠にはみ出るほど力強く書き込んでやって、上の那智にそれを突き出した。
「最終凶器のくせに何が善良な市民だ、だいたい由良どのは戦場の原則を分かっておられぬそれが
なんだか分かるか?」
「な、なによぉ―」
「戦場にルールは無いっ!!」とビシッっと指を突き刺してくる。
「果し合いに穴掘って待ち構えるのとは関係ないだろ!!」と底で拾った石を投げてみたが
届かず哀しみの放物線を描いただけだった。しかし奴の言うこともある意味最もなのである。
これが敵のゲリラ戦法なら即、死。維新革命戦線とのゲリラ戦が混迷を極める中油断は禁物
なのである。わけのわからない敗北感に襲われ、気分は最悪からどん底に落ちた。
体の力が抜け、泥水にもかまわずへたり込むと、悔しさでぼろぼろと涙があふれたのだった。
「所で前に瀬戸、負けたら何でも言う事聞いてやるとか何とか言ってたよな。」
(確かに言った事は言ったのである、まさかこのような形で言われるとは思っても見なかったけど)
「一応は。」と涙を堪えつつわたし。
「なら俺とつきあえぇぇーーー。」穴の中なのであるが妙に反響して聞こえる、だが唐突だった
ので一瞬言っていることの意味が分からなかった。
自然「はあ?」と聞き返していた。
それと同時に地上では一騒動あったらしく(お前の気持ちは分かるが今はそうではない)とか
(みんなで掴んだ勝利だ)とか(昨日穴掘り休んだじゃじゃねえか)とか色々聞こえてくる。
しばらくするとそこにまた一つ声が紛れ込んできた。問答を繰り返したあげく穴からまた頭が
伸びてきたのだった。
「由良ー、大丈夫?」
どうやら待ち合わせていた友人が痺れを切らして駆けつけてくれたようである、彼女の名前は
川中島茲(ココ)少しトロイけど親友なのである。
「ココー、あんたが希望の女神に見えるわ。」
「今救い上げてあげるからまっててねー」
すると地上の那智が口を挟む
「ちょっとまてや、俺はこいつと重大な話があるんだよ。川中島のねえちゃんはすっこんでろ」
「この状況でする話なんてないでしょ」と彼女はまともな事をいってしまう。
地上ではココが振り返って一党と対話をしているようだが出口に振り返ったココの影が落ち始
めている、土がパラパラと落ち始め目に入らないように手をかざした瞬間
「キャァァァァァー。」
と巨大な物体が落ちてきてその質量が私に衝突してきたである。バシャーンという音と共に水
飛沫がたち、もうどうしようもないほど体全体が泥水に浸かってしまった。(死ぬよ普通これ)
もちろん白いブラウスは見るも無残である、完全に開き直って気力を取り戻し衝撃にも少し落
ち着くと、上からは頭の三つの影がのぞきこんでいた。
「あーあ、余計なもんが入っちまった。」
「なに言うとるかコラー、あんたらは殺人鬼か!?人でなし、悪魔、オニー!!絶対訴えてや
る。仏の顔も三度までって知ってんの?。」
「まだ二回だからセーフだろ。」と上、なめんな!地上に帰ったら超絶殺法の餌食にして、、
「あー復讐を考えてる顔だー。」悟られる。感情のメーターは振り切りすぎていてもはや言葉
は出なかった、顔は引きつってピクピクした笑みがこぼれ始める。ビキビキと頭から頭蓋骨に
ヒビの入る音が聞こえてくるようだ。おりてこいと地獄の底から念力出そうとしたがやはりそ
れは無理だった。
「那智さん、そろそろ本題に」「そうだな」とロープが下ろされるのだがなぜかそれは底まで
届かない。穴の深さの半分くらいで止まると上から那智が足をかけてするすると降りてきた。
バシャーン、原始時代のナチュラルにまでコーディネートされたブラウスにもう変化は無い。
地獄の底に降り立った飯田那智は振り返る
「由良、重要な話があるんだ。」と真面目な顔
彼が地獄の洗礼を受けたのは言うまでもない。



第一話 つづく HOME NEXT